弁護士 森 一恵
はじめに
1 ポーランド・スタロシチン森林技術学校(Starościn Forestry Technical School)で開催された生態系保護と平和を守るイベント「地球の村,私の森( Earth Village,My Forest)」に参加した。 パスクワーレ・ポリカストロ(Pasquale・Policastro)教授からの,被爆者の願い,日本反核法律家協会の役割を話して欲しいという依頼がきっかけであった。パスクワーレ教授は,イタリア出身,ポーランド・シュチェチン大学教授,国際反核法律家協会会員,スタロシチン森林技術学校でも教鞭をとる。
2 9月19日深夜,ベルリン・ブランデンブルク空港に到着。到着ロビーのバディー・ベア(Buddy・Bear)には,平和と寛容を世界に,という願いが込められている。
第2 9月20日
1 翌朝午前9時半,スタロシチンに向かう。ベルリン・ブランデルク空港からスタロシチンまで約115km,高速道路で約90分である。午前11時頃,スタロシチン森林技術学校(5年生の高等学校)に到着する。
2 ステージでは,トランペット演奏,合唱,表彰式,ポルトガルのフェルナンド・ミゲル・ラポッソ(Fernando・Miguel・Raposo)さん他による天地天扇(TENCHI TESSEN)等が行われている。天地天扇は,日本の座禅と合気道と居合と中国の太極拳を組み合わせ,扇子を使用して演じる芸術である。
3 次に運動場の各ブースを見学する。蜂蜜試食,ポテトと木の実スープ試食,鹿肉スープ試食,ウクライナ移民保護,何の種クイズ,木工実演,密猟された鳥獣類展示,鷹狩実演,狩猟犬お披露目等のブースがあった。近隣の小学生が親子で参加している。生態系保護と平和の大切さを体験することが目的である。私も蜂蜜と2種類のスープを試食した。
4 昼食後,ディベート「共同体は森林で囲まれた自然の中で生存する」(Communities live in nature surrounded by forests)を見学する。まず卒業生モニカ・ブルゾズカ(Monika・Brzozka)さんから,森林再生活動の経験が報告された。
次にマルコ・ミリオラティ(Marco・Migliorati)さんから,「未来の森」プロジェクトの報告がなされた。次にエヴァ・ステファノフスカ(Eva・Stefanowska)判事(ワルシャワ在住)から,家族区画園,総合的な法整備について報告がなされた。
最後に,パスクワーレ教授により,人類と自然が共存する上で,森林再生活動が必要である旨のまとめがなされた。
5 夕食後,寄宿舎で就寝。寄宿舎はシンプルな造りである。
第3 9月21日
1 朝食と天地天扇の体験学習後,ディベート「平和と人類の自然」(Peace and Human Nature)に参加する。まず「Toxic NATO」(ICBUW提供),「被爆者の声」(故岩佐幹三さんの証言,ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会提供),「森林再生活動」(ワールドピースラボ提供)の上映が行われた。
2 次に,①ドイツのマンフレッド・モーア(Msnfred・Mohr)教授から劣化ウラン弾が人命や環境に与える影響,②私から,日本反核法律家協会の役割,二度と被爆者を作り出してはならない,核兵器も戦争もない世界を,という被爆者の願い,③チリのマルタ・リディア・パルマ(Marta・Lidia・Palma)博士から国際平和について,④ポーランド軍の方からNBCRE(核兵器,生物兵器,化学兵器,放射能兵器,高性能爆薬等爆弾)状況分析と軍事的解決放棄の必要性,⑤フェルナンドさんから,天地天扇は自然と調和し,世界平和を目指す目的がある旨の報告が行われた。最後に,平和を願い学生が製作した折り鶴紹介とパスクワーレ教授によるまとめがなされた。
3 昼食後,学校周辺の森林散策。松,樫,菩提樹等の樹木が生育している。一緒に参加した妹は,「学校の森というか,森の中の学校。そもそも森の規模が違う。」と感想を述べた。
第4 終わりに
9月22日早朝,スタロシチンを出発。ベルリン・ブランデルク空港を経て,翌9月23日,帰国する。 「地球の村,私の森」に参加し,生態系保護と平和のため,国際間や世代間の協力の必要性を再認識した。パスクワーレ教授の言葉を引用して,私の報告を終わりとしたい。古代ローマ帝国では「汝平和を欲さば,戦への備えをせよ」(Si Vis Pacem Para Bellum)が格言だった。しかし「汝平和を望むなら,平和への準備をせよ」(Si Vis Pacem Para Pacem)が正しい。
以上
弁護士 森 一恵
第1 はじめに
私は2024年6月16日,四日市市文化会館第3ホールで開催された九条の会よっかいち十九周年のつどいに参加したので,その感想をご報告させていただ きたい。
第2 オープニングについて
オープニングでは,平和紙芝居会長・中村進一さんによる平和紙芝居「尾崎咢 堂物語」が実演された。尾崎咢堂(尾崎行雄)は,憲政の神様であり,世界平和に尽力した三重県にゆかりのある人物である。第二次世界大戦中,軍部の圧力に屈せず,翼賛選挙を批判する言動は,なかなか簡単にできるものではないと思いながら,興味深く,平和紙芝居を視聴した。
第3 記念講演について
記念講演では,作家・活動家の雨宮処凛さんによる「女性活躍社会,ならぬ!女性貧困社会」の対談形式での講演が行われ,私は聞き手として参加した。私から雨宮さんに,貧困問題や困窮者支援に取り組むようになったきっかけ,コロナ禍において貧困が増えた実感はあるか,生活保護制度に対する社会の誤解等,雨宮さんの著書「死なないノウハウ」を拝読して,聞いてみたいと思っていたことを質問させていただいた。
雨宮さんからは,2000年から2006年頃までの自死や生きづらさの取材,プレカリアート(不安定なプロレタリア―ト)という言葉との出会いが貧困問題や困窮者支店に取り組むようになったきっかけであること,コロナ禍において非正規で働く女性が打撃を受け,相談会を訪れる女性の割合や若年層の割合が増加している傾向にあることについて,パワーポイントや動画を示しつつ,説得的にお話いただいた。
また生活保護制度については,ペットがいると生活保護を利用できないとい誤解されているが,ペットがいても生活保護の利用は可能であること,飼い主である人のみならずペットも困窮することのないよう「反貧困犬猫部」が立ち上げられたことを,分かり易くお話いただいた。聞き手としてお話をうかがいながら,1人で悩まず,遠慮なく声を挙げることが必要であること,困った時にはどこに連絡すれば良いか,どのような支援機関や制度があるかの情報を把握しておくだけでも,安心して生活できることを実感した。
第4 終わりに
十九周年のつどいで取り上げられた憲政擁護,世界平和や貧困対策は,日本国憲法の基本理念(基本的人権の尊重,国民主権,恒久平和主義)を基調とする。私は日弁連憲法問題対策本部委員として,引き続き日本国憲法擁護に取り組んでいきたい。
以上
弁護士 森 一恵
1 2023年10月20日,第71回中部弁護士会連合会定期弁護士大会シンポジウム「犯罪被害者による損害賠償請求の実効性確保~債務名義の取得,債務名義に基づく回収に向けて~」が,三重県桑名市のホテル花水木で開催された。
2 シンポジウム前半では,損害賠償請求の実情や具体的事例について基調報告がなされ,その後,前明石市長・泉房穂弁護士により,「犯罪被害者の損害回復に必要な支援とは」の基調講演が行われた。泉弁護士からは,被害者支援のポイント,明石市の犯罪被害等の権利及び支援に関する条例の特徴について解説が行われた。犯罪被害者支援は「すべての人のため」の施策で,「社会(行政)」も責任を果たすべきこと,被害者に近い行政である地方自治体こそ「寄り添える支援」に適していること,明石市の条例では,被害者の権利利益の保護,総合支援,二次被害防止を特徴としていること等を力強く説得的に語っていただいた。
3 後半では,泉弁護士,琉球大学法科大学院教授・齋藤実弁護士,被害者ご遺族・寺輪悟氏,コーディネーターにより,犯罪被害者の損害回復及び経済的補償についてパネルディスカッションが行われた。
齋藤弁護士からは,北欧の犯罪被害者支援について視察を踏まえた報告が行われた。スウェーデンでは犯罪被害者庁により立替払,強制執行庁により求償が,ノルウェーでは暴力犯罪補償庁により立替払,回収庁により求償が行われている等の充実した犯罪被害者支援や補償について,興味深く拝聴した。日本においても,犯罪被害者庁を創設すべき必要性を実感した。
寺輪氏は,被害者ご遺族は事件後も幾度となく苦しまなければならないこと,社会の意識を変えるきっかけはないかと,当時の三重県知事に,犯罪被害者やご遺族を支援する条例の必要性を記した書簡を送ったことを切実に語られた。寺輪氏の活動をきっかけに,平成31年に三重県犯罪被害者等支援条例が制定され,都道府県では初の見舞金制度の運用が開始された。現在では,三重県内のすべての自治体で被害者支援の条例や要綱が制定されるに至っている。
4 犯罪被害者や被害者を支援する弁護士は,①損害賠償請求の債務名義を取得するまでの主張・立証の困難,②債務名義を取得した後,強制執行して回収し,損害を回復しなければならないという困難と2つの困難を乗り越えなければならない。本シンポジウムをきっかけに,国による裁判手続費用の援助,犯罪被害者等補償法の制定,損害賠償請求の立替払制度を含めた条例の制定など,犯罪被害者の損害回復の実効性を確保し,十分な経済的補償を実現するための法制度が整備されることを強く願う。
以上
弁護士 森 一恵
本年5月19日から21日まで,G7広島サミット(主要国首脳会議)が開催された。G7広島サミットでは,各国の首脳らが原爆資料館や慰霊碑を見学し,芳名録に「核兵器のない世界」を目指す平和へのメッセージを記帳する,被爆者と面会する,カナダのトルドー首相がG7広島サミット最終日に原爆資料館を再訪する等が行われ,その成果文書の採択に注目が集まった。
しかし実際に採択された「広島ビジョン」では被爆の実相を国際社会に伝えることがなされていないばかりか,むしろ「核兵器のない世界」の実現から後退した内容となっている。
すなわち広島ビジョンは,「我々G7首脳は、1945年の原子爆弾投下の結果として広島及び 長崎の人々が経験したかつてない壊滅と極めて甚大な非人間的な苦難を長崎と共に想起させる広島に集った。・・・核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを再確認する。」 と「核兵器のない世界」の実現に言及しつつも,ウクライナ侵攻と核の威嚇を行うロシア,核開発を行う北朝鮮やイラン,不透明で有意義な対話を欠いた核戦力の増強を行う中国を名指しして非難し,これらの国々に対抗するため,「核兵器は,それが存在する限りにおいて,防衛目的のために役割を果たし,侵略を抑止し,並びに戦争及び威圧を防止すべき」と核抑止論に依拠している。核抑止論は軍拡競争を招くだけで,核軍縮や核廃絶にはつながらない。これでは「核兵器のない世界」を実現することができない。
また広島ビジョンは,「核兵器不拡散条約(NPT)は、国際的な核不拡散体かの礎石」と言及しつつも,締約国に核軍縮のための誠実交渉義務を定めたNPT第6条については言及していない。日本政府が2022年12月8日の国連総会本会議において提出し,147か国の支持を得て採択された核兵器廃絶決議案(核兵器のない世界に向けた共通のロードマップ構築のための取組)では,NPT第6条の規定を含む全ての面における条約の完全でかつ着実な履行及び同条約の普遍性の更なる向上への決意を再確認するとされていることと比較して,「核兵器のない世界」の実現から後退している。
さらに広島ビジョンは,2021年1月22日に発効した核兵器禁止条約(TPNW)に言及せず,核兵器のいかなる使用も国際人道法に違反することの確認もなされていない。2022年6月21日から23日まで開催された核兵器禁止条約第1回締約国会合には,ドイツを初めとするNATO加盟国の一部がオブザーバー参加し,核兵器禁止条約の理念を共有する考えを示していたことと比較して,「核兵器のない世界」の実現から後退している。
「核兵器のない世界」を実現するためには,世界各国が核兵器禁止条約に署名・批准すべきである。私は粘り強く,戦争被爆国である日本が核兵器禁止条約に署名・批准することを求めていきたい。
以上
弁護士 森 一恵
1 核兵器禁止条約第1回締約国会合の開催
2022年6月21日から23日にかけて,オーストリアのウィーンで,核兵器禁止条約第1回締約国会合が開催された。日本政府は,唯一の戦争被爆国であるにも関わらず,オブザーバー参加すらしなかった。
2 核兵器禁止条約第1回締約国会合の成果
核兵器禁止条約第1回締約国会合では,ウィーン「宣言」が発出された。 概略は,以下のとおりである。
1 壊滅的な人道上の結末と被害者支援・環境被害修復の必要性 宣言第3項は「核兵器がもたらす壊滅的な人道上の結末は,・・・破壊,死,移住をもたらすだけでなく,環境,社会経済的持続可能な開発,世界経済,食料安全保障,現在および将来の世代の健康に長期にわたる深刻な損害を与える。 」と規定している。その上で宣言第3項は「すべての国は,・・・核武装国の過去の使用および実験によって生じた被害者を支援し,被害を救済し,環境被害を修復する責任を共有している。」として,被害者支援と環境被害修復の必要性を規定している。
2 核兵器使用・使用の威嚇の違法性と核抑止論の否定 宣言第4項は「核兵器のいかなる使用または使用の威嚇も,国際連合憲章を含む国際法の違反であることを強調する。」として,核兵器使用・使用の威嚇が国際法に違反すると規定している。また宣言第5項は「核抑止論は,核兵器が実際に使用されるという威嚇,すなわち 無数の生命,社会,国家を破壊し,地球規模の壊滅的な結末をもたらす危険性に基づいており,その誤りをこれまで以上に浮き彫りにするものである。」として核抑止論を明確に否定している。
3 核兵器禁止条約と核不拡散条約(NPT)との相互補完性 宣言第12項は「我々は,・・・核不拡散条約(NPT)を軍縮・不拡散体制の礎石と認識し,それを損なう恐れのある威嚇や行動を遺憾とする。NPTの約束を完全に守る締約国として,我々は,本条約とNPTの補完性を再確認する。」として,核兵器禁止条約とNPTは相互補完関係にあることを再確認している。
3 今後の課題
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を契機に,世界において,核兵器使用の現実的リスクが冷戦以降で最も高まっている。2022年8月1日から同月26日にかけてニューヨークの国連本部で開催されたNPT再検討会議でも,前回のNPT再検討会議に引き続いて「最終文書」の採択には至らなかった。 核兵器の使用は,現在,将来の世代にわたり壊滅的な人道上の結末をもたらすのであり,人類と核は共存できない。2023年11月に開催される次回締約国会合においては,核兵器保有国や核兵器依存国の参加を前提として核兵器禁止条約が普遍化すること,国際平和が回復することを願い,本論考を終りにさせていただく。
以上
弁護士 森 一恵
第1 ロシアによる軍事侵攻及び核兵器使用の威嚇の違法性
1 本年2月24日以降,ロシアはウクライナに対して軍事侵攻を行っている。プーチン大統領は軍の核抑止部隊に対し,任務遂行のための高度警戒態勢に移行する指示を出し,核兵器使用の威嚇を行っている。ロシアによる軍事侵攻が続く中,核兵器使用のリスクは冷戦以降で最も高まっている。
2 1996年の国際司法裁判所の勧告的意見は,「核兵器の使用あるいは威嚇は,国際人道法の原則に一般的に違反する。」としている。
3 2010年のNPT再検討会議では「すべてにとって安全な世界を追求し,核兵器のない世界の平和と安全を達成すること」を決意し,核兵器のない世界を実現し,維持するうえで必要な枠組を確立すべく,「すべての加盟国が特別な努力を払う」ことや,「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道上の結末をもたらすことに深い懸念を表明し,全ての加盟国がいかなる時も,国際人道法を含む,適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する」ことが合意されている。
4 また核兵器禁止条約は前文において「あらゆる核兵器の使用は,武力行使の際に適用される国際法の諸原則,特に国際人道法の諸原則に反する」と規定するとともに,第1条において,核兵器の開発,実験,保有,移譲,使用,使用するとの威嚇などを禁止している。
5 ロシアによる軍事侵攻及び核兵器使用の威嚇は,国際連合憲章2条4項,国際司法裁判所の勧告的意見,NPTや,その再検討会議での合意に違反するとともに,核兵器禁止条約が規定する国際人道法の諸原則にも違反する。
第2 核兵器廃絶と国際平和
1 ロシアによる軍事侵攻を契機に,核共有論が議論されるようになった。核共有論の背景には,「核の傘」に依存して安全保障を確保するという核抑止論がある。しかし核抑止論では「核兵器には核兵器で」の報復を肯定することになりかねず,NPTや核兵器禁止条約に抵触する。国際平和を図るため,全世界において核兵器廃絶を進めるべきである。
2 NPTは,第6条において,核軍備競争の停止,核軍縮及び全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約についての誠実な交渉を締約国に義務付けている。第6条は,核兵器保有国が自らの核兵器の廃棄を約束するものであり,「核兵器のない世界」に向けての法的枠組を定めた規定である。全世界において,NPT第6条の完全・着実な履行のための具体的かつ効果的な提案を行うべきである。
3 また核兵器禁止条約は,第12条において「締約国は,全ての国によるこの条約への普遍的な参加を目標として,この条約の締約国でない国に対し,この条約に署名し,これを批准し,受諾し,承認し,又はこれに加入するよう奨励する」としている。全世界において核兵器禁止条約を普遍化することも必要である。
4 NPTの堅持と核兵器禁止条約の普遍化により,ロシアによる軍事侵攻が早期に解決し,国際平和が戻ることを願い,本考察とさせていただく。
以上
弁護士 森 一恵
2021年1月22日に核兵器禁止条約(TPNW)条約が発効した。核兵器禁止条約の署名国・批准国は2021年9月24日時点で,署名国86か国,批准国56か国となっている。2022年1月には再延期後の核不拡散条約(NPT)再検討会議が,3月には核兵器禁止条約(TPNW)第1回締約国会合が開催される見込みである。
台湾有事を想定した安保法制の運用や,自衛隊による敵基地攻撃能力の保有・強化など,憲法9条の恒久平和主義の理念に反する情勢下において,NPT再検討会議及び核兵器禁止条約第1回締約国会合の開催は「核兵器も戦争もない世界」を実現する上で,画期的な一歩となるものである。
核兵器禁止条約は,前文において,核兵器が二度と使用されないよう保証するための唯一の方法は,核兵器の完全な廃絶であるとし,被爆者及び核実験の被害者の苦痛と損害に留意し,核兵器の法的拘束力のある禁止こそ,核兵器のない世界の達成及び維持に向けた重要な貢献となること,核兵器のない世界の達成及び維持は,国家的・集団的安全保障に資する最高の地球的公共善であると規定している。また核兵器禁止条約は,第4条において,核兵器保有国にも条約への加盟の道を開く仕組みを規定している。日本は,核兵器禁止条約への署名・批准により「核兵器も戦争もない世界」の実現を目指すべきである。
ところが,日本政府は,NPT体制と矛盾抵触する等として,核兵器禁止条約に署名も批准もしていない。日本政府の態度は,アメリカの核の傘に依存するという核抑止論に基づくものである。このような日本政府の態度は,核兵器の使用がもたらす破滅的な人道上の結果に向き合っておらず,唯一の戦争被爆国として許されるものではない。
核兵器禁止条約と核不拡散条約とは矛盾抵触しない。むしろ,核兵器禁止条約は,核軍縮に向けた効果的な措置について,交渉を行う義務を課す核不拡散条約第6条の履行を後押しするのであり,両者は補完関係にある。
現に日本と同様アメリカの核の傘に依存する北大西洋条約機構(NATO)加盟国においても,核兵器禁止条約を肯定する新しい動きがみられる。ドイツとノルウェーは、核兵器禁止条約締約国会議にオブザーバー参加することを表明している。
日本政府は第76回国連総会(2021年)において,核兵器廃絶決議案「核兵器のない世界に向けた共同行動の指針と未来志向の対話」を提出し,「核兵器の全面的廃絶への実践的なステップ及び効果的な措置の重要性を強調」,「国際的な緊張緩和,国家間での信頼強化及び国際的な核不拡散体制の強化等を通じ,第6条を含むNPTの完全で着実な履行にコミットしていることを再確認」等としている。核不拡散条約第6条の完全で着実な履行を真摯に追求するというなら,むしろ日本政府は,核兵器禁止条約に署名・批准すべきである。
核兵器禁止条約と核不拡散条約が相互補完して,一日も早く「核兵器も戦争もない世界」が実現するように,NPT再検討会議及び核兵器禁止条約第1回締約国会合の開催に期待したい。
以上
弁護士 森 一恵
第1 父から聞いた話
1 私の父方祖父母は戦前,満蒙開拓移民として長野県から旧満州国吉林省永吉県にわたった。どうして父方祖父母が旧満州国にわたったか,わからない。長野県は,全国一の開拓移民を送り出した県である。私は当時の国策の犠牲だと思っている。
私の父は旧満州国で出生した。父の家族は満蒙開拓移民として,農業をしていた。鶏を飼育し畑を耕し,平穏な生活を送っていた。
2 ところが,旧ソ連のシベリアから満州への侵攻で生活は一変した。旧満州には関東軍が在駐していたが,軍馬だけ置いてどこかに行ってしまった。民間人を守るはずの軍隊が,どこかに行ってしまったことに対して,父は何も言わなかったが,私は憤りを持っている。
父が6歳の時に終戦となり,父の家族は,旧満州からの引き揚げることとなった。旧ソ連兵が,戦利品と思われる腕時計を何個も腕につけていたこと,父の家族にも腕時計の提供を要求したこと,引き揚げるために鉄道に乗車したが,爆破で線路が無くなっていて,途中,何度も鉄道が停まって動かなくなったこと,空腹になり,川で魚を捕まえようとしたら,近くを銃弾らしき物が通ったなど,幼かった父なりに記憶していた。
3 父の家族は,終戦から約1年かかって,日本に引き揚げてきた。 引揚船が,博多港に到着してからも,検疫のため1ヶ月程度船内に留め置かれた。1ヶ月程度船内に留め置かれた後,DDT散布を受けて,ようやく日本に入国できた。父の家族には父方祖父母の他,兄弟姉妹がいたが,引揚船内の腸チフスの流行で,父方祖母,弟,妹と家族の約半分を亡くした。博多から長野県までは鉄道で戻ったが,鉄道から眺める景色は戦後1年たっても空襲の傷跡が残っていて,焼け野原であった。
第2 私の思い
1 私は子どもの頃から,父の引き揚げ話を聞いて育った。昭和56年から残留孤児訪日調査団が訪日するようになったが,私にとっては他人事ではなかった。もし父が中国に残っていれば,私は別の国で別の人生を送っていたかもしれないからである。
2 引き揚げ話をしてくれた父は,今年,他界した。 父は武勇伝として私に話していたが,今思うと,戦争の悲惨さを伝え,二度と戦争があってはならないという思いで,話してくれたのだと思う。戦争を直接体験した世代が,段々と少なくなってきている。
戦争を直接体験した世代から戦争の悲惨さを聞いた者として,また法律家として,恒久平和主義の理念を定める日本国憲法を擁護し,次の世代に伝えることが私の務めである。
以上
弁護士 森 一恵
第1 はじめに
2020年6月18日,日本時間の午後8時~午後11時まで,私が所属する国際反核法律家協会(IALANA,International Association of Lawyers against Nuclear Arms)の総会がオンライン会議(Zoom)で行われた。
IALANA総会は,ニューヨークの国連本部で開催予定であった2020年NPT再検討会議に併せてニューヨークに集合して行われる予定であった。しかし,新型コロナウィルス(COVID-19)感染症の全世界的危機に伴い,集合しての会議開催が困難になったことと,NPT再検討会議の延期に伴い,オンライン会議(Zoom)で行われることになった。
第2 IALANA総会の状況
1 IALANA総会にはアメリカ,オランダ,ドイツ,スイス,ロシア,ポーランド,スリランカ,ニュージーランド,日本など世界各国から,核兵器廃絶や国際紛争の平和的解決を目指す法律家24名が参加した。
2 会議では核兵器の使用と威嚇に対抗する法的・道徳的・政治的規範の強化,核兵器のない世界に向けた活動,核軍縮,人権,気候,持続可能な開発及び将来世代を結び付けること,将来世代へ教育活動,核兵器禁止条約(TPNW,Treaty on Prohibition of Nuclear Weapons)の支持などについて,活発な議論がなされた。核兵器も地球温暖化に伴う気候変動も,全世界に共通する問題であり,人類の未来を脅かす脅威であることは異ならない。核廃絶だけでなく,気候変動にも国際社会が協調して対処すべき必要性を実感した。
3 議論の後は,各国からの活動報告がなされた。私は日本反核法律家協会の取組みとして,日本反核法律家協会では核兵器廃絶や被爆者援護を目指していること,これまでNPT会議や核兵器禁止条約(TPNW)交渉会議には代表団を派遣してきたこと,核兵器禁止条約(TPNW)の早期発効を願うこと,国際社会と協調して「核兵器も戦争もない世界」の実現を目指していきたいことなどを報告させていただいた。
第3 終わりに
核兵器禁止条約(TPNW)は,2020年10月24日に中米ホンジュラスが批准書を寄託し,批准国は50カ国となった。条約の発効に必要な50カ国の批准に要件を充足したことから,本年1月22日には条約が発効することとなる。残念ながら日本は,国連総会第1委員会(軍縮)に提出した決議案においても核兵器禁止条約(TPNW)に触れておらず,核兵器禁止条約(TPNW)に署名・批准する動きはない。私は唯一の戦争被爆国の法律家として,核兵器禁止条約(TPNW)に日本が早期に署名・批准するよう働きかけをしていきたい。今年こそ新型コロナウィルス(COVID-19)感染症の全世界的危機が早期に終息し,平和を願う国際社会が協調してNPT再検討会議が開催されることを強く願いつつ,私の報告を終了させていただく。
以上