2026年元旦

三重合同法律事務所事務所コラム

2026年1月

2026年元旦

 新しい年を迎えて

 新年あけましておめでとうございます。旧年中は、皆さまの温かいご支援とご協力を賜り、心より感謝申し上げます。
 本年も、地域の皆さまに寄り添い、安心して暮らせる社会の実現に力を尽くしてまいります。

 昨年は高市政権が発足し、新しい政治の方向性が示されました。安全保障や経済の立て直しを掲げる一方で、防衛費の拡大やスパイ防止法の推進、議員定数や医療費の見直しなど、国民の暮らしや権利に影響を及ぼす課題も浮かび上がっています。

 こうした変化の中で、私たちは「平和」と「民主主義」という、日本社会が長年大切にしてきた価値をどのように守り、次の世代へ伝えていくのかが問われています。

 法律の仕事に携わる者として、また一市民としても、人が安心して生活できる社会の基盤を守ることが何より大切だと感じます。社会の動きをしっかりと見つめ、必要なときには声を上げ、地域の皆さまと共により良い未来を築いていきたいと思います。

 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2026年 元旦


人口減少と2050年問題

弁護士 石坂 俊雄

風子:爺、人口減少の2050年問題て何のこと。
爺 :2020年と比べると2050年には、人口が約3,500万人減少し、人口が約1億人となり、
   生産年齢人口(15歳~64歳)が急減することだよ。
風子:どのような問題が出てくるの。
爺 :働く人が少なくなることだから、介護、医療、建設、運輸、製造業などの人手不足となり、
   経済成長が制約されることになるね。
風子:高齢者(65歳以上)は、約1200万人増加すると言われているわね。
爺 :そうだよ。介護、医療のサービスの利用者が増えるのに、働き手の不足により医療、
   介護のサービスの提供ができなくなる可能性があるよ。
風子:年金はどうなるの。
爺 :2020年には、高齢者を約3.6人で支えていたのが、2050年には、約1.4人で支えることとなると
   推計されているから、かなり厳しい状況になるね。
風子:人口が減少するということは、水道、電気、ガスなどの公共的インフラも支えられなくなるわね。
   公共料金や公共交通機関の値上げがあり得るわね。
   解決の方法はあるの。

爺 :この問題は、わが国だけではなく、中国、韓国、EUでも同じで、我が国がその先端を走っているわけで、
   なかなかうまい解決策はないね。
   政府は、出生率を上げようとして、 少子化対策を検討しているが、子どもを産めないのは、
   賃金、労働時間、労働環境、保育環境など、いろいろな問題が複合的に影響しているから、簡単にはいかないね。
風子:外国人を排斥することを声高に主張して、先の選挙で伸びた政党があるわね。
   外国人を受け入れなくていいのかしら。

爺 :外国人を受け入れることは、労働力不足の解消や社会活力を維持するのには
   有効な方法であると考えるよ。
風子:もう少し説明をして。
爺 :外国人流入のメリットは、建設、介護、製造、飲食業等の人手不足の分野では、即戦力として有効だね。
   労働人口の増加は、モノやサービスの生産量の増加につながりGDPの押上の効果があり、
   外国人労働者の消費もあり、市場の活性化に貢献するね。
   また、異なる文化や価値観を持つ人が交流することとなり、新しいアイデアや柔軟な発想が生まれやすくなり、
   イノベーションが促進される可能性があるね。
   外国人労働者は、税金や社会保障の新たな担い手となるから、高齢化で負担が増加する、
   社会保障制度の財政的持続性を支える効果が期待できるね。
風子:デメリットはないの。
爺 :言葉や習慣、宗教の違いによるコミュニケーションの摩擦が起きる可能性があるね。
   外国人を低賃金で雇用すると、日本人の賃金低下、雇用機会の減少があるかもしれないね。
   外国人の日本語取得の支援、子どもの教育環境整備など国がきちんとしないと地方自治体の負担が増えるね
風子:外国人が増えると治安が悪くなることはないの。
爺 :外国人は増えれば、一定程度の犯罪数は増えるが、日本人の犯罪数と比べて犯罪率が
   高いという有意の数値が出てるわけではないね。
風子:どうも、外国人を増やせばいいと単純にはいかないようね。
爺 :この十年間で携帯電話がスマホになり、AIが多用される時代になっているから、
   これからの25年でデジタル化進展やロボットの活用、車の自動運転など進化がでの程度進むか分からないが、
   社会全体動きと絡めて考えないといけない問題だね。


四日市市地下駐車場水没事件の考察

弁護士 村田 正人

 令和7年9月12日の大雨で近鉄四日市駅前の地下駐車場「くすのきパーキング」が水没した。被災車両は274台であり全国からのレッカー会社によって霞ヶ浦の保管地に移動された。水没時の状況は、脱出車のドライブレコーダーに生々しい映像が残されている。地上との出入口は10か所あり、車両用出入口の電動式止水板3か所のうち2か所は故障していた。故障は国土交通省に報告されていたが、4年近く放置されていた。

小生は、令和7年10月4日、地下駐車場1階を検分する機会を得た。停電により内部は暗く、携帯の明かりをもとに見ると1階は臍のあたりまで水没の跡を示すゴミが壁に付着していた。内部には2台の高級車が残置されていた。水没により電源を喪失したポンプの排水能力は、通常の降雨での浸水に対応できる程の能力しかなかった。

 水はどこからでも侵入してくる。地下駐車場の浸水を防ぐためには、開口部の全てを同時に防がなければならない。地下駐車場の設計時、そのことが考慮されていたか疑問である。何故ならば、現場の止水板は金属製で大変重く30kgないし40kg程度の重量があって、とても1人で持ち上げられるようなものではなかった。それを地下の保管場所から階段を上って出入口まで人力で運搬し、短時間で設置することなどできない。今回の場合は、すべての開口部に止水板がない状況だったから、全く無防備の状態で浸水被害を受けたと考えられる。

 仮に、駐車場から再開されたとしても、短時間に遮水できる構造を備えていなければ、再び同じ被害が起きることは必至である。2カ所の止水板が壊れて放置されていたことが問題なのではなく、すべての開口部を短時間に閉鎖できる装置を備えていなかった構造上の欠陥が原因である。つまり設計ミスである。そうだとすると、このような設計ミスは、全国の地下駐車場の教訓として生かされなければならない。故障していた電動止水板を回復したから浸水被害の再発を防げると言うものでないことも明らかである。

 以上の考察に立てば、被災した車両の損害賠償責任は、設計段階からの構造上の瑕疵がある地下構造物を設置した国土交通省と第3セクターの(株)ディア四日市にあることは明らかであって、国については国家賠償法に基づく損害賠償責任が、第三セクターの(株)ディア四日市については民法第717条の工作物責任による損害賠償責任があり、双方が共同不法行為者として損害賠償責任負うべき案ではないかと考察する。

 四日市市地下駐車場施設復旧検討委員会中間とりまとめ(令和7年11月14日)は、「地下駐車場への急速な浸水が発生した要因の1つとして、地下駐車場付近は周辺の地盤よりも低い位置にある集水地形となっているため、周辺からの雨水が地下駐車場に一気に流入したと考えられる。」としている。そうであれば、尚更のこと、設計段階から短時間に遮水できる構造が検討されなければならなかったといえる。

 また、「各出入口等における浸水深については、痕跡調査等から、市道側のバスターミナル工事用出入口が約45㎝」と最も酷いことからすれば、工事の実施にあたり、工事中の降雨に対する対策を講じていなかったことも大きな原因と考える。国道1号近鉄四日市駅交通ターミナル整備事業の実施主体である国土交通省の責任は、2重に重いと考える。


改革者に求められる醒めた視点

弁護士 福井 正明

① 烏江亭に題す 杜牧(803-852年)

勝敗は兵家も事期せず 恥を包み恥を忍ぶは是男児
江東尾の子弟才俊多し 捲土重来未だ知るべからず

(戦の)勝敗は兵家も見通せないものだ
(敗戦の)恥を包み 恥を忍ぶ者は男児である
(項羽の郷里の)江東の子弟には才俊ある者が多い
(江東から)捲土重来しておれば その結果はどうなっていたか分からない


② 烏江亭に題すに和す 王安石(1021-1086年)

百戦疲労し壮士哀しむ 中原の一敗勢い廻らし難し
江東の子弟今在ると雖も 肯て君王がために土を巻いて来らんや

(項羽の兵は)連戦で疲労し、哀しみに沈む 
 中原での一敗は挽回することができない 
 江東子弟が今在ったとしても、どうして君王(項羽)のために 
 土を捲いて(攻め上って)来るだろうか 

 これは、楚(項羽)漢(劉邦)戦争の最後に、項羽が漢軍に追い詰められて、それでも降伏せず、最後まで戦うことを選択する場面である。「項羽」と「劉邦」は、陳勝呉広の乱(紀元前209年8月)に乗じて旗揚げし、項羽の叔父「項梁」の下で、力を合わせて秦軍を攻撃し数々の戦果を挙げた。「項梁」の戦死以後、お互いライバル関係となっていく。項羽も劉邦も決定的勝利を収めることができないまま持久戦となった。秦軍の残党や反乱分子が挙兵するたびに、各地を強引な戦法で戦った「項羽」の軍は、戦線が延び、補給も不足し、終に劉邦軍に「垓下」に追い詰められ、長江流域の「烏江の渡し」まで逃れてきた時の最後(紀元前202年)の様子が記録されている。


③ 司馬遷「史記」「項羽本記」によれば、是に於いて項王乃ち烏江を東に渡らんと欲す。烏江亭長船を檥して待つ。項王に謂ひて曰く。「江東は小なりと雖も地方千里、人口数十万人。亦王たるに足る也。願わくば大王急いで渡れ。今臣独り船あり。漢軍至るも以て渡る無し。」

 項王笑いて曰く、天の我を亡ぼすにして 我何ぞ渡を為さん。且つ籍(項羽の諱名)江東の子弟八千人と渡江し西せしに 今一人還る無し。縦令(たとい)江東の父兄我を憐れみて王と為すも 我何の面目有りてか之に見えん。縦令彼言わざるも、籍、独り心に愧じざらんや。

 乃ち亭長に謂いて曰く「吾、君の長者なるを知る。吾此の馬に乗ること五歳。当たるところ敵なし。嘗て一日千里を行く。これを殺すに忍びず。以て公に賜らん」。乃ち騎をして下りて歩行せしめ 短兵を持ちて接戦す。独り籍の殺すところの漢軍数百人。

 この場面の杜牧と王安石が描いた感想は余りにも対照的である。

杜牧は、ここで「勝敗は兵家も事期せず 恥を包み恥を忍ぶは是男児 江東の子弟才俊多し (if)捲土重来すれば、未だ知るべからず」という。この歴史にifを付ける詩は、文学作品として見るなら、過去を振り返るだけの訓詁学から、読者を多様な結末へのストーリー展開を導く現代的で斬新な詩の手法である。

 杜牧は三国志の208年、曹操、孫権、劉備の間で行われた「赤壁の戦い」に関してもifを使って詩を読んでいる。


 ④ 赤壁 杜牧(803-852年)

 折戟(折れた戟)沈沙に沈んで 鉄未だ銷せず 自ずから磨洗をもって前朝(三国時代)を認む
if東風周郎がために便ならずんば 銅雀(曹操のの館)春深うして二喬を閉ざせしならん

 東風は実際に吹いたから曹操軍は敗北したのだが、もしも吹かなかったら、孫権と周瑜の妻、美人姉妹の二喬は、曹操の館に閉じ込められていただろう。このifは、読者の想像力をかき立てる手法である。

 杜牧の①「烏江亭に題す」の場合、英雄項羽がこのように敗れ去ったのは真に惜しい。烏江亭長の親切に甘えて、「敗戦の恥」を忍んで一旦江東に逃れておれば、捲土重来のチャンスもあり、そうなっていたら戦の帰趨はどうなっていたか分からないという、敗者に対する「判官贔屓」の気持を含んでいる。

 しかし、王安石は、当時の楚軍の状況を「百戦疲労し、壮士哀しむ」状況にあったと分析する。これは、それまでの項羽の戦の仕方は道理に反しており、戦士は連戦で疲労困憊であったからである。史記にも「兵疲」との記載がある。初め楚の懐王は、項羽と劉邦に対し、「どちらか先に秦の咸陽を攻略したものを王とせよ」と言い、項羽と劉邦は共に秦と戦ったが、劉邦が先に咸陽を無血開城させて占領した。項羽軍が遅れて咸陽に攻め上って来ると、劉邦軍はそのまま咸陽を撤退し、項羽軍に咸陽を引き渡した。項羽は数日して兵を率いて咸陽を殲滅し、降伏した秦の王子嬰を殺した。咸陽を焼いた火は三か月間消えなかった。

 項羽は秦の財宝や婦女を収めて東に向かった。ある人が「この地は山河に囲まれて四方が塞がり、土地は肥沃ですから、この地に都を築き直してはどうですか」と項羽に言ったが、項羽は「富貴にして故郷に帰らざるは、繍(しゅう・うすぎぬ)を着て夜行くが如し。誰がこれを知るものぞ」と答えた。説者(ぜいじゃ)曰く、「人言う『楚人は沐猴にして冠するのみ』(知恵が無いのに猿が冠を付けているだけの意味)と」。司馬遷は「史記」に記載している。

 王安石の➁「烏江亭に題するに和す」は、さすがは北宋を率いた宰相である。項羽の戦に向けた智慧のなさ、及び兵の疲れた状況を踏まえれば、仮に江東に渡っても、項羽のために兵が捲土重来することはないという。勝れた詩人でもあった偉大な政治家の理屈の詩である。


スパイ防止法って?
― 思想信条の自由と知る権利を守るために ―

弁護士 伊藤 誠基

スパイ防止法とは

 最近、「スパイ防止法」という言葉を耳にすることが増えています。政府や一部の政治家の間で、この法律を作ろうという動きが再び強まっているのです。

 「スパイ防止法」とは、国の安全に関わる情報を外国などに漏らした人を処罰することを目的とする法律です。現在でも公務員や自衛隊員には守秘義務があり、違反すれば刑罰の対象になりますが、新たに提案されている法案では、民間の研究者や記者、市民までもが対象になり得るとされています。つまり、「国の秘密」に関わる情報に触れただけでも罪に問われるおそれがあるのです。


制定の動きと歴史

 スパイ防止法を作ろうとする動きは、今に始まったことではありません。1985年、当時の中曽根内閣が「国家機密漏洩防止法案」という名で国会に提出しました。しかし、秘密の範囲があいまいで、報道や市民の活動まで処罰される危険があるとして、全国で反対運動が広がり、法案は廃案となりました。

 その後もしばらく立ち消えとなりましたが、2013年には「特定秘密保護法」が成立し、再び「秘密」を重視する方向に進みました。そして今、より強力なスパイ防止法を作るべきだという議論が浮上しています。


報道の自由、知る権利の侵害

 賛成派は「日本はスパイ天国」「外国による情報漏洩を防ぐべきだ」と主張します。確かに、国の安全を守るために一定の情報保全は必要です。

 一方、反対派が懸念するのは「誰が秘密を決めるのか」「どこまでがスパイ行為なのか」という点です。もし政府が自由に秘密の範囲を広げられるとしたら、都合の悪い情報を「国家機密」として隠し、市民の知る権利や報道の自由を制限することもできてしまいます。


私たちの生活への影響

 たとえば、記者が政府の不正を取材する過程で「秘密」に指定された資料に触れたとしたら、スパイの意図がなくても処罰されるかもしれません。研究者や市民団体が政策を調べることさえ難しくなる可能性もあります。

 こうした事態になれば、私たちの社会は「自由にものを言えない社会」へと変わってしまうでしょう。


自由な言論を

 安全を守ることは大切ですが、それと同じくらい、私たちが自由に考え、話し合い、政府の行動を見つめることも民主主義に欠かせません。

 過去の歴史を振り返ると、国家の名のもとに言論が抑えられた時代は、いつも「安全のため」という言葉から始まりました。スパイ防止法もまた、その危険をはらんでいます。

 国の安全よりも先に、私たち一人ひとりの自由と透明な社会を守ることが必要です。何を秘密にするのかを国民が知ることができなくなれば、民主主義は成り立ちません。

 「安全の名のもとに自由を失う」ことがないよう、今こそ立ち止まって考える時です。


最後に

 国の安全保障を理由にした法整備は、一見もっともらしく見えますが、戦前治安維持法という共産主義者を取り締まる法律がありました。政府の戦争政策に反対する国民を処罰するためでした。実際には共産主義者だけでなく自由主義者も処罰の対象にされ、広く国民の言論を抑圧するために利用されました。最高刑は死刑です。スパイ防止法は現代の治安維持法です。民主主義の危機が迫っています。スパイ防止法推進の動きには注視が必要です。


以上


長崎訪問記〜平和首長会議総会傍聴、ジョン・バローズ(John Burroughs)博士、
ジャックリーン・カバッソ(Jacqueline Cabasso)先生との懇談

弁護士 森 一恵


1 はじめに

 2025年8月9日から8月11日まで長崎を訪問し、平和首長会議総会の傍聴、ジョン・バローズ(John Burroughs)博士(ジョン博士)、ジャックリーン・カバッソ(Jacqueline Cabasso)先生(ジャッキー先生)との懇談をしたので、ご報告させていただきたい。


2 平和首長会議総会の傍聴

 平和首長会議(Mayors for Peace)は、加盟都市相互の緊密な連帯を通じて核兵器廃絶の市民意識を国際的な規模で喚起するとともに、人類の共存を脅かす飢餓・貧困等の諸問題の解消さらには難民問題、人権問題の解決及び環境 保護のために努力し、もって世界恒久平和の実現に寄与することを目的とする世界の地方自治体で構成される国際機構である。
 平和首長会議は、原則として4年に1回の総会を広島・長崎両市で開催している。今回は8月7日から10日まで、「核兵器のない世界を目指して〜地球市民として描く平和な未来〜」を基調テーマに長崎市で開催された。私が傍聴したのは、総会の最終日であった。最終日は活動方針とナガサキアピール採択、子どもたちの合唱で閉会した。ナガサキアピールは、「長崎を最後の被爆地に。ノー・モア・ヒロシマ、ノー・モア・ナガサキ、ノー・モア・ウォー、ノー・モア・ヒバクシャ。」という力強い言葉で結ばれている。


3 ジョン博士、ジャッキー先生との懇談

 平和首長会議総会会場でジョン博士、ジャッキー先生と懇談をした。
 ジョン博士は、米国の核政策法律家委員会(Lawyers Committee on Nuclear Policy 、LCNP)のシニア・アナリストである。LCNPは、弁護士および法学者による非営利団体であり、国内法および国際法の尊重を通じて核兵器の世界的廃絶や、より公正で平和な世界の実現を支援する研究・提言活動を行う団体である。ジョン博士は、日本反核法律家協会も所属する国際反核法律家協会(IALANA)の副会長でもある。
 ジャッキー先生は、米国の西部州法律家財団(Western States Legal Foundation、WSLF)の常任理事である。WSLFは、米国の核兵器プログラムや政策、および関連する高度技術のエネルギー・兵器プログラムを監視・分析する非営利団体であり、核兵器の廃絶、核技術に関する公開環境審査の義務化、そして核廃棄物の適切な管理の確保を目指す団体である。ジャッキー先生は、平和首長会議の相談役でもある。
 ジャッキー先生に「平和首長会議のお仕事お忙しいですね。国際的ですね。」とお話すると、「自分が好きなことだから。」と笑顔でお答えされる。 ジョン博士から、LCNPの活動として、ジョン博士は常任理事の役職をディープシカ・クマリ・ヴィジ(Deepshikha Kumari Vijh)博士に引継ぎ、現在はシニア・アナリストの役職をしていること、LCNPは、核兵器廃絶と環境保護活動に取り組んでいること、論文も発表していることなどをうかがう。
 私からは日本反核法律家協会の活動として、毎年11月に定期総会と意見交換会を開催していること、月1回程度理事会を開催していること、情勢に応じた会長声明を発出していることなどをお話させていただく。また私の意見として、日本や米国は核兵器禁止条約に加入すべきこと、核の傘には反対であることなどをお話する。


4 おわりに

 海外の方々と直接お会いして対話することが、相互理解や信頼関係の構築に繋がることを実感した。対立と分断が続く世界情勢ではあるが、対話による相互理解で国際協調を取り戻すこと、世界各国が核兵器禁止条約に加入して、核兵器も戦争もない世界が実現されることを願い、報告とさせていただく。

以上





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